タバケム激動の転職活動1
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激動の転職活動
ここからはタバコNOケムリその後 ということでわたくしイバが経験した社会人への道程を思い出す限り 記載していこうかな、と思っています。

初めての就職、本社でけっこう厳かな入社式がありました。このとき偶然にも同じ高校で大学は違ったけど マツイくんと再会しました。彼の実家はわたくしと同じ小学校下で、つまりは小学校から高校まで同じでした。 しかし彼の大学は名古屋のちょっとレベル高い私立、わたくしは相変わらず3流の私立だったからか理由は 分かりませんが、彼は本社勤務でスーツで仕事、わたくしは関連会社のリース業務で作業着で仕事 というふうにに配属されました。いわゆるホワイトカラーとブルーカラーという分別にてはっきり未来まで 分けられました。
思えば就職活動の頃のそうでありたいイバの夢というのは、スーツ姿で自家用車を操りつつ携帯電話片手に仕事を こなすスーパービジネスマンでした。当時はまだ携帯電話など庶民の持つものではなく、だから単純に このような夢を描いていたのかもしれません。しかしいきなりブルーカラーに配属されたわたくしイバ、 そんなところから密かに心のどこかで(のし上がるより転職だ)という心があったのかもしれません。
ちなみに就職した会社は一応建設機械の商社で、関連業者として建設機械のリースの会社、保守メンテナンスの 会社などがあって、わたくしはそのリース会社の整備のほうに配属となりました。

初めての職から逃れたいと思ったのはきっとまだ大学生活の名残からだと思います。あと一応バンド活動なるものを やっていたわたくしには耐えられいくらいな出来事もあり、あと、音楽活動に集中出来ないようになる要素も 多々あり、後、希望が持てない会社になりつつあり会社を辞める決意をしました。しかし一番の理由は、田舎だった ことです。自宅からさらに北へ20分ほど通う建設機械のリース会社に所属していました。周りはなにもなし、 目の前は山、地方都市とはいえど学生時代はそこそこの街にいたのでこのギャップは大きかったです。しかもこの年は 近年まれに見ぬ冷夏でした。初めての就職でいきなり景色も気温もそして給料も・・寒い・・
しかし売り上げは格段に良かったらしいです、なにせその山の向こうには国内最大級にして最後の公共事業、 徳山ダム建設が施工されていたのですから。そしてライバル会社もいないこの僻地、当時は一番のドル箱だった のではないでしょうか。
しかし、そんな売り上げや忙しさなどは一会社員としてわたくしは全く関係もなく、ただ忙しいだけでした。 いつだったか徳山ダムに最も早くたどり着くルートが雨で土砂災害にあって、それでも奥の工事現場で 「頼むから水中ポンプをもってきてくれ」という依頼があり普段なら30分もあればたどり着くところを 大回りして片道3時間かけてたかだか2インチの小さなポンプを届けた記憶があります、一日仕事でした。
そんなこんなで仕事をこなしていくわけですがなぜか虚しい。理由は分からないけどとにかく虚しい というふうに考えるわたくしイバがいるようになりました。それでも当時付き合っていた彼女は学生時代を 過ごした街在住の人だったので毎週末は通っていました。それが唯一の癒しとなっていました。
仕事 といえば建設機械一般をレンタルに出したり整備したりという仕事でした。本当は掘削機(通称ユンボー)に 乗るのには免許が必要なのですが敷地内なのでいらないというわけでこれを操るのが楽しくもありました。もちろん 実際にユンボーに乗って掘削するわけじゃなく、トラックから移動したり汚れを洗い流すのに動かしたりという のは日常茶飯事でしたから自然に操作できるようになっていました。これがいわゆるガンダム世代の血を彷彿させて いて、操作するのが楽しかったです。
そんなわけでなんとか楽しくやっていこうと努力はしましたが、あるとき新しい音楽のマシンを購入して異変が 訪れました。シーケンサーという機械があって、つまりはこれ1台でドラムからベースからその他もろもろ全ての オケ(オーケストラ・・ようは伴奏)を賄えるという当時にしては素晴らしいマシンでして、これにハマりつつ あったわたくしイバです。しかし週末は中距離恋愛のためなにせ時間がない、もどかしい、平日はといえば 仕事のストレスで毎日街へ飲みに繰り出す日々でした。そんなことが積もりに積もって誰にも相談もせず、 そして次の仕事のことも考えず辞表を提出しました。時は就職したその年の11月くらいです。 今思うともう少し待ってボーナスくらいもらっておけばよかったなーなんて思います。

この頃は本格的なバンド活動はあまりなく、どっちかっていうと先ほどのシーケンサーなるもので活動しました。一人で 音楽って楽は楽でした。誰の意見もいらないからですから。この頃周りは結婚ブームでみんな正式に結ばれました。 そしてそんな彼らにシーケンサーでウェディングソングを作っては配っていました。
会社を辞めて2週間くらいは毎日シーケンサーをいじって音楽活動に勤しんでいました。そして夜は繁華街です。 しかしやがてこのシーケンサーでの曲作りにも限界を感じつつあと単純に飽きたわけですが (あ、やはり就職しとかないと)なんて考えはじめました。 もちろんお金もそろそろ貯蓄がなくなり始めてきたのも理由のひとつではあります。 そうしていやいやながら職業安定所に通うわたくしイバ、22歳、社会人1年生です。


ちなみに現在はこの最初に入社した会社は吸収合併をされ続け、原型をなんとか本社のみ留めてる といった 形で残っています。たまーにわたくしの所属した営業所の横を通ったら完全に名前は変っていてまあ内部事情は わかりませんが、この営業所と昔から馴染み深い建設会社に就職してる同級生に聞いたところ「あ、そういえば 昔イバいたよねー、うまいこと辞めたよねー」なんて会話。 結果的に先読みしてたのですよ と、今じゃ胸を張って言いたいです。

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