タバケム激動の転職活動4
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激動の転職活動26

まず最初に驚いたこと・・それは他の社員が圧倒的に年配が多いことでした。当時26歳のわたくし、実際に働く 工場内では30代後半から60代まで同じように仕事をしていました。幸い現場で人をまとめる職長さんは30代 後半でしたが考え方が若くて共通の話題もありました。しかし、休憩中などは全く他の人と話題があわなくて 終始無言でコーヒーを飲みタバコを吸っていました。この職場はパチンコや競輪などギャンブルが好きな人が 多くて話題のほとんどは「どこどこのなんたらっていう台はかかりが悪い」とか「昨日は5万円やられた」とか そんな話ばかりでした。わたくしも学生時代は一時期パチンコで生計を立てていたことがありましたがこの頃は すっかり辞めていたのでなにせ会話に入っていくことが出来ませんでした。しかし別にそんなことは問題ありません。 ここで金を稼いで趣味に没頭できれば問題なかったからです。
しかし入社してから騙されていたともありました。残業は月に2,3時間 と謳っていたこの会社、本当になにも なければそれこそ終業時間をタイムカードの前で腕を組んで待っていることもありましたが、緊急で工場のラインの 機械が壊れれば残業どころの騒ぎではなく下手すれば朝まで仕事という日もありました。あと、仕事を終えて家に 戻っても夜中に電話があって「呼び出し」とかも頻繁にありました。これはこの超有名企業の生産が24時間フルに 稼動してるので起きる現象でした。ただ、それなりに残業手当、呼び出し手当て、休日出勤手当て、深夜手当てなど はきっちり保証されているので(今月はちょっと稼ぎたいなぁ)なんて人は思いどうりに時間外で稼いでいたようです。 もちろんわたくしは金より時間が欲しい部類だったので本当に人がいない時や本当にどうしようもない時以外は なんとかうまいこと言い訳をして断っていました。
そしてだんだんこの会社の風土に慣れていくと、普通の会社じゃありえないことまでやっていました。それが 無断欠勤です。飲みに行って帰りが深夜になって(めんどくせえなぁ)ってことでファックス1枚流して欠勤 と いうパターンもありました。普通なら即刻クビです。が、この会社はそれがありませんでした。あと、やはり仕事 内容によって忙しい時期や暇な時期などあるのですが、それに関係なく日曜が遠征ライブなら必ず月曜は有給を 取って休んでいました。それでも文句が出なかったのは多分若い人間がそんなにいない職場だったので重宝されて いたってのもありました。
そんな風土に乗っかって「ふん、クビにしたかったらすればいいぜ。どうせ出来ないんだろ?ハハハ」なんていう 気持ちも入社1,2年目くらいにはありました。今思うと最低なやつです、わたくしイバ。。
こう記すとやりたい放題に見えますが、仕事はきっちりやってますし、大きなミスも犯さないようにしてましたので ある程度の信用はあったようです。逆に大きなミスをして何千万の損害を出した人間でもクビにすることがないと いうこの会社、ほんとおかしな会社です。同じ人が何度同じミスを重ねても厳重注意だけです。

こんな生ぬるい会社にどっぷり漬かりつつそれに慣れてしまって当時は(ここで定年を迎えるのかなぁ)などと 漠然と考えていました。それもいいかもしれない、仕事はそこそこで趣味に生きる人生もいいのかもしれないと 思いつつ生活パターンはバンド、仕事、コンパ、バンド、コンパ、バンド みたいな感じで数年続いていきました。