|
重量物を運ぶ といっても、別に腰を痛めるような原始的な運び方はしません。が、稀にありましたが。。 たいがいはユニック(移動クレーン)や電動リールなど比較的近代化した工具によって運んでいました。そんな ものは辞める理由になっていませんでした。むしろ何トンもあるものを据え付けるという仕事は、誇りにさえ 感じていました。 辞職の最大の理由は、時間です。この頃新しいバンドが動き始めてとにかく時間がなかったのです。都合があわない というか、長距離の仕事が入るともうどうしようもないくらい予定が未定になり結果的に確実に不定になるのです。 これがメンバーに迷惑かける元となりすごく嫌になってきて(あ、俺は今はバンドが最優先じゃないと気分が 悪いんだ)って理由でGWくらいに退職しました。 この会社に入って、金銭的にもそこそこ余裕が出てきて、個人の運送会社なのにボーナス制度もあって(これ、 当時は珍しい制度です)、この頃昔から大好きだったシボレーカマロがどうしても欲しくて欲しくて、ウイスキーの 瓶に万札を入れる「カマロ貯金」というのをしていました。辞める頃には5,60,万くらい入っていたのでは ないでしょうか。しかし、事情が変り無職になってしまったので泣く泣く瓶を割りました。カマロ・・やはり君には 乗れなかった・・。 かといっても手元に現金で60万ほどあります。普通に生活しても最低3ヶ月くらいはいけるんじゃないか?と 思い、心は優雅に しかし趣味は貪欲に 実は堅実に当分過ごしていこうと考えていました。 しかし!なにを間違えたのでしょう、わたくしひと月でほぼ全ての現金を使い果たしてしまいました。。暇を 潰すに金を使い、心を満たすのに金を使い、明日の予定に金を使い・・実際はなにに金を使ったのかほんとうに 覚えてないです。しかし、すっかり金はない。。そういう状況に追い込まれました。>自分で追い込んだ ともいう 仕方がないので久しぶりにハローワークに顔を出して、前回と似たような職場(重量物運搬)を探しました。 そして市内からちょっと郊外にある「ヨシダ重機」というところを面接して仕事をすることになりました。 。。まさに「行き当たりばったり」的なイバ、25歳の梅雨入りの頃。 |