タバケム激動の転職活動3
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激動の転職活動16

そういえばおバカな逸話があります。引越し関係でとある休日に結納のための家具の搬入がありました。その頃、 わたくしイバは車を運転するのには全く苦がなかったのですが、音楽がないと苦痛でした。なんでもいいのです、 ラジオでもいいです、けど、やはり自分の好きな音楽を聴きつつ運転すれば移動の距離が多くても苦にならなかった のです。
そんなある日、結納を終えた家から嫁ぎ先の富山まで家具を運ぶ仕事で軽トラを運転することになりました。 結納を終えて(富山か、100キロ以上はあるなー)と思い、お気に入りのテープを持参して聴きながら運転しよう ともくろんでいました。この軽トラにはカセットデッキが付いていたのでちょうどいいなぁー なんて気持ちで 結納を済ませた嫁の実家で待機中にテープを入れて待っていました。しかし、なぜか音が小さいのです。(あれー? なんでやろ)と、ボリュームを目一杯上げたらようやく普通に聞こえるレベルになりました。(よーし、これで 富山までドライブだ)と思った矢先、会社の先輩が慌ててわたくしの車に近づいてきました。
「イバ!なんの音楽流してんだ!止めろ!」と。「え?えっ??なんのこと?」とわたくし。 実はイバの乗ってた軽トラのカセットデッキは、室内で音楽を聴くためのものじゃなく、スピーカーで外に流す ものでした。よくよく考えたら結納のときも、あと和式の結婚式によく聞く「雅楽」というのが流してるじゃ ないですか、あれを外部に流すためのカセットデッキだったのです。いや、真面目に知らなかったです・・。 ちなみにそのとき流した音楽はもちろんパンクロックでした(笑)。だからみんな怪訝な顔でこっち向いてたのね・・。 まあそんなこともありました。

新鮮でいて初めて仕事を楽しい と思ったこの会社。
そんなイバ、この仕事に慣れつつ25歳になっても働いていました。

時は1995年。もちろんバンド、女性関係も今まで以上に派手に展開していました。 バンドは良い感じで凱旋ライブみたく地元でもやりました。活動の範囲は広がりつつありました。 ただ、ものすごく仲が良かった反面、つらいことも3人で話し合い、その延長で結果的にバンド解散の危機と なりました。バンドは解散するけど、メンバー間は普通に仲が良いし、その後も連絡取り合いながら遊んでいました ので、ほんとにいいバンドの解散の仕方でした。その前に近所でしたので、まあいろいろ・・ほんと世話になったり してやったり、もうこんなバンドは組む機会がないな、と思っていました。
女性関係も、ま、なんですか、学生時代のコネを利用しつつ、あの頃高校生だったのに今社会人のアナタと・・∬ΨЖ とか、バンドメンバー募集でコーポの電話番号(ケータイじゃなく固定電話も持ってたので)に勘違いで かけてきた女性と・・∬ΨЖなんて、まあ、今思えば楽しい日々でした。

多分、今までのなかで最高潮に多忙な日々を過ごしていたわたくしイバ、それはそれで、仕事もプライベートも 楽しんでやっていました。ただこの頃付いた癖がありました。「寝酒」。寝る前には必ず酒を飲む。 いわゆる生活習慣病です。

「SEX,DRUG,R&R」のDRUGがまさにDRINKとなっていった頃でした。これまではDRIVEだったのに。。 S,D,R という頭文字を中心にまだまだイバの世界は続きます。