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次に就職した会社はいわゆる「個人系運送会社」でした。しかしその運送するものが重量物が多かったのでトラックと いってもやはりユニックを扱えないと厳しく、(おお、そういや俺小型移動クレーン持ってるわ)という感じで 「斎川運輸」というところに職につきました。 この会社、なぜかわたくしに関してすごく優遇してくれて、初めて重量屋のやるような仕事のときも「ココでこれ 使ってこうすればいから」とか「イバは大卒だし、近場の体力よりアタマ使う仕事いってきてよ」とか、 なぜかそういうのが多かったです。しかし数ヶ月も経てば「イバー、ちょっと横浜まで行かないかー」 とか言われてて。 もちろん業務は重量物を運ぶ仕事でしたが、それを長距離で運ぶことも多かったです。横浜はまあ定期的にあったので それほど苦にはならなかったけど、青森とか岡山、広島、一度だけ北海道まで という業務もあって、まあそれは それで今となれば楽しい経験でしたが、キツイのはきつかったです。だって、通常の仕事を終えてから2,3時間後 にはトラックに乗って長距離を走るわけですから。しかし定期便じゃなく単発の長距離というのは時間に余裕が あり、自分なりに観光していました、荷物載せたトラックで地球岬とか。 この頃なぜか「マイトラック」を与えられて、なにげにご機嫌です。日野の最新トラック、乗り心地良し、使い心地 もよし、(俺の最強の転職ってこれかー?)なんて思っていました。 しかし、けっこう大変でした。とある業務で「栃木の工場へ納品」ということがありました。福井からのルートで いうと北陸道を新潟まで上がってそのまま上越道を下って途中で降りる、赤城山とか見えるとこですか?そのへん 走って再び高速、東北道を北上、これがすごかった。とりあえず眠いのです、わたくし。なにがあっても寝たいので す、わたくし。でも運転してるから眠れるわけもなく、しかも!朝一で到着の予定があるわたくしの荷物、 一体なにを優先すればいいのか。。 って暇もなく高速で(あ、3秒だけ目をつむりたい)って衝動で左車線で ほんの出来心でクローズドアイ、。。なにしても目は重く、まさに枕を手にした「のび太」状態です。 片道3車線で一番左を走ってたのに、目が覚めたら一番右を走ってました。。今考えてもこれはまじで恐ろしい。。 あと3秒寝てたら今頃わたくしここにはいません。 そうやってなんとか現場に着いて納品しました。が、かなり限界気味でした。 その証拠に、この年の年末、家出という立場にも関らず実家に帰省したとたん原因不明の病気になりました。 仕事から離れた瞬間に高熱にやられました。3日くらい帰省してたのですが、ほぼベッドの上で過ごしていました。 多分、かなり重症な「気の緩み」でしょう。逆いうと精神のみで風邪など引かないのだ と思います。 しかし正月なのに京都へ納入がある予定があったのでなんとか起き上がってコーポへ戻り、トラックに乗って いました。このとき、いつも飲んでる缶コーヒーのブラックの刺激すら寒気を感じる異常事態の身体でしたので タバコすら吸えない身体でした。今思えばこのときタバコをやめてればよかったのに・・なんて。。 話は戻り、死にかけた栃木の帰りに横浜経由で帰ってくる仕事だったんですが、どうしても都内を抜けないと いけなくて通称「環パチ」環状8号を通ったんですがこれがまるっきり動かない大渋滞に巻き込まれて、 動かないのをいいことに街道沿いの飯屋で昼食をとりました。これ、今じゃありえない行動です。 なにせ会社にはけっこういろんな人がいましたからそれは楽しかったです。食品輸送のルートも、お菓子専門の ルートも、引越し専門のかたもいました。みんな同じ会社の社員です。そしてそれをたまに手伝うイバがいました。 |