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次の日の朝、またしても電車に乗って5時間くらいの長春というところに移動しました。ここで再び駅に行くの ですが、なんじゃい!この人の多さは!と苛立ちをとっくに通り越しています。しかも平日です。 電車に乗ったら乗ったでなんとか椅子には座れたけど、目の前の女二人組(多分二十歳そこそこ)が いきなり弁当を広げて食べ始めました。っていうか、これが普通なんですって。ま、昔(経済成長期)の日本と 似たような感じらしいです。しかし目の前の女どもが食べてるのが吉野家の牛丼のテイクアウトで、 トッピングでキムチでした。うーむ、なにげにメイドインジャパンというところが非常に微妙で心の底から笑えません。 しばらくすると駅員さん(中国では1両にひとりずつ車掌みたいなのが担当するらしい)が「ゴミあったらこのハコに捨てて」 と、巡回してきます。これは日本にないサービスだなぁと感心してたんですが、終点に近づくと客がいるにも 関らず車内をモップで掃除を始めるんですよ、「はい足あげてー」みたいなことをいわれて足を上げて掃除を する駅員。・・これって、ようするに「終点ついたらあたしらも早く帰りたいのよ」的な意味合いがあるのかなぁ、と。 ま、実際はどうか定かではないけど、こんなこと日本でやられたら邪魔でしょうがないです。 そんなこんなで途中でタバコ吸うために車両の間(結合部はタバコが吸えます)にいることが多かったんだけど、 なんだろ、コッチの人は気軽に目の前の人とコミュニケーションを図るのが普通だそうで、(ここも昔の日本と 同じやんと思いつつ)タバコのケムリをくゆらせていました。そしたら前にいた地元民(推定22,3歳)に いきなり話しかけられて、そこで突然出た言葉が「アイキャントスピークチャイナ、ソーリー」でした。 これにはわたくし自身もびっくりしました。でも果たして相手に伝わっていたのかは不明です。なにせ日本国内で 多少の英語なら理解してくれるかもしれないけど、ココ中国で英語だろうが日本語だろうが異国語には 違いないだろうから。 ただ、それ以降彼は話しかけてこなかったので一応成果はあったんだろうと思います。 ちなみに中国の地方都市は、街並のわびさびがほんとに分りやすいです。駅から出てしばらくは怪しいスラム街 みたいな古いマンションなどの前でたたずんでる人がいるけど、街を離れると見渡す限り野原、野原、野原。 たまに集落みたいなところがあるけど、レンガや石をを積み上げた家(というのか?)で、屋根にはビニールシート で重しとして石やレンガが乗せてあります。しかもそのほとんどは崩れかけな家です。終戦直後の日本の写真を なにかで見たことありますが、ようはそんな感じです。 野原のとこでたまに高台になってるところがあるんですが、そこになぜかビニール袋みたいなのがけっこう 引っかかっているんですが、多分これは風によって遠くから流れてきた袋が枝に引っかかってそのまま放置 されてるのでしょう。・・これもなんか寂しいものがあります。。 そうしているうちにようやく到着して下車するんですが、これはわざとなのかよく分らないけど、電車からホームへの 昇り降りの勾配がきついのです。おまけに電車とホームの隙間が日本よりはけっこう広くて、下手するとここに 下半身くらいは落ちてしまうくらいの隙間です。まあそんなこともあるかもしれないから1両に一人以上車掌さんが ついているのかもしれません。 そうして降り立った街、長春。どこの駅でも相変わらずタクシーの運転手が「ウチで乗ってかないか」と 声を掛けてきます(多分そんなことを言ってるのであろう)。この強引さにもすっかり慣れたわたくしイバ、軽く無視して 歩きます。歩くといっても結局タクシーを探しに歩くだけで、しかし荷物の関係で中国でおなじみのワーゲンジェッタでは 小さいので中型のタクシーを探します。すると来ました、どこからどう見てもトヨタ車、多分ビスタかカムリかそのへんの 車でした。荷物を載せて市内の中心部へと向かいます。 日本では駅があるところから発展して市の中心となりますが、コチラでは一概にそうだとはいえないみたいです。 どっちかっていうと車社会(タクシー社会?)なので道路は無駄にでかい(でも無駄にならないのが凄い)、 欧米風のロータリーが渋滞を緩和させています。そして太陽を見ると直視できるくらい「もや」がかかっています。 多分あのもやが黄砂なのだろうと勝手に思いつつ、車内から流れる光景(決して綺麗ではないけど、興味はそそられる) を眺めながら到着しました。 いうまでもないですが、この間約20分。流れるBGMは、終わることのない車のクラクションでした(笑)。 |