タバケム激動の転職活動1
TOPへ
戻る

激動の転職活動6

実家へ帰って、ちょっとだけ親の顔を正面から見れる勇気も出て、でもバンド活動もそこそこあり、同時に またしても就職活動してるわたくしがいました。久々のハローワークでファイルを見ながら(ん?これなら やれそうかも)と選んだ職種は、配置薬の営業でした。>しかしなんで営業ばっか選んでたのだろう 基本的な仕事は、今まで配置した家(企業も含む)に伺って使った薬の清算です。しかし、そこは営業、 この頃はりんご酢という健康によさげなモノをいかに売るかってのがメインでした。現在ほど健康ブームが 到来する前の出来事だったので、けっこう困難でした。が、話が早いお宅はけっこういました。みんな健康には 一応気を遣っているみたいでした。どっちにしてもこの仕事はまずは玄関まで入れないと話にならない仕事です。 そのへんは以前の教材販売と近いものがあるのかもしれません。ただ、両者ともにいえることですが、 訪問販売ってのはまずどこから攻めていくかっていうと、財布の鍵を握る主婦なんですね、昼間はいない旦那なんて ほとんど無関係です。それでいてこの専業主婦ってのがけっこう昼間とかは暇してるみたいで、話し相手が 欲しいみたいです。そこに目を付けていたのでしょうね、この配置薬販売は。
まあ、今となってはそれが「出会い系サイト」の人妻専門 なんてのの流れじゃないかと思います。 昼間は人妻は暇してるみたいです、気をつけましょうね、アポとって待ち合わせの場所に行ったら嫁だった・・ なんてことのないように・・。
話はそれましたが、なにはともかくメインの仕事は新規に配置薬を置いてもらうことでした。週に2回くらい 地区を定めて絨毯爆撃のごとく一斉に新規さんを拡大する作戦がありました。が、わたくし、とっても嫌でした。

あと、ルートセールスになるいわゆる回収、薬を使った家庭から清算をしつつ新商品をアピールするのですが、 やはり8割方無理やり置いていく手法をとったかたがいまして、訪問すると「おー待ってた、すぐにこの箱 持って帰れ」というところも頻繁にありました。しかし、その気持ちもわからんでもないけど、「あ、そうします」 っていって持ってかえってくるとマイナス要素になるのです、1件につき500円給料から引かれることになります。 今思うと、一件につき500円マイナス・・4,5件くらいならなんてことない金額です。けれどこの頃は マイナス要素は一切認めたくないわたくしイバです。お金が減るのが嫌 じゃなく、会社の組織として マイナス要素になるのが嫌だったのです。今でもそうですが、自分によってマイナスになることは絶対避けたかった 心粋がありました。多分まだ若気の至りを引きずってる時期でもありましたし。
だったらなんとか話術と笑顔で引き止めて逃げるように帰ってくるしかないのです。どんなに罵声をかけられても 笑顔で「ですから、今後なにがあるかわかりませんので・・」なんて言葉を濁して玄関から出る。。これが 精神的にかなりきつくて結果的にわたくし、慢性の下痢になりました、ストレスからくる下痢です。
生まれてこのかた罵声を浴びるのはこの頃が初めてでしたし、もし逆の立場だったら、許可なく薬箱を置かれて いったら、間違いなくわたくしも同じ行動を取るはずです。だから客の気持ちもわかるのです。でもこれが 仕事だし、でもイバの生き方に反するし、でも・・と、そのへんの矛盾が結果的に自分を苦しめる羽目に なっていました。


そんなこんなで勤めて3ヶ月くらい、所長が「じゃ、来週本社のある富山で研修があるから土日だけどみんな 参加してくれ」とのお達しがありました。もうこのへんから声にならない怒りと不満が充満してたわたくしイバ、 「あ、わかりましたー」なんていいつつ当日の新幹線乗り場に6時集合なんてのは全く無視して、同日の昼くらいに 会社のポストに辞表を投函していました。

その頃、一番初めにいた建設機械リースの会社の所長からなぜか連絡があって、「どうだねーイバくんの近況はー」 なんて話になってすっかりストレス下痢のわたくしは素直に「きついっすねー」なんて相談してました。
どうやら営業を強化するらしく人材を探しててたまたまわたくしを思い出したみたいでいわゆる「出戻り」を 期待してたらしかったです。当然、精神的に下痢になるなんてことは夢にも思わなかったわたくしは、今の会社を とにかく辞めたい、そしてすぐに就職したい と思っていて、難なく最初の会社に戻りました。


季節は春から夏へ。