タバケム激動の転職活動1
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激動の転職活動5

無職のわたくしが転がり込んだ彼女のコーポ、やることは限られてきます。まずは朝は会社まで彼女を車で送って、 部屋に戻り、テレビや雑誌をみながらだらだらしながら、冷蔵庫の中の余り物で昼食、天気がいいときは 近所の公園でうたた寝、もしくは海へドライブ、時間を見計らって会社にお迎え、近所のスーパーに寄って帰宅。 そんな毎日でした、お金もなかったので。
夜は一緒に夕食、そして・・ま、やることはヤってました。それしか楽しみが無かったといえば、それは正論です。 結婚生活っていうものを事前に分かりたければ、同棲すればいい と、誰かが言っていました。で、結果的にそんな 流れで経験したわたくしイバ、23歳。楽しいのは初めの2週間だけで、あとは、きっと相手も感じるような不満。 好きな相手とて他人と暮らすのはとても苦労もする、ということを認識した23歳でした。ただ、圧倒的に 違う要素は、わたくしが無職という立場だったことでしょう。
この頃、近所に県立の図書館があったのでけっこう通いました。喫煙ルームもあり暇を潰す無料スペースとしては かなり良いところでした。
ただ、ふとアタマを過ぎること・・就職せねば・・・と、お金を稼がなくてはいけない と思うようになってきて (そろそろ実家に戻るか・・いや、しかしまだ・・)ようは遊び癖がついてきてしまったようでした。長い人生、 こんな経験もいいんじゃないのか?などど無理やり肯定的に考えて、海や山へ行っては昼寝とかたまにパチンコ で勝負して勝ったときもあれば負けたときもあり、毎日をそこそこ楽しんでいたのは確かです。
しかし。。ついにお金に困り、彼女にお金を借りたこともありました。確か4万円です、このお金、実は返済する 間もなく別れてしまい未だに返済していないのです。。いや、請求があればもちろん返済しますが、こちとら 今となってはどこに返済すればいいのかも分からず現在に至ります。
その4万でまずはガソリン代です、なにをやるにもどこへ行くにも車だったので。あとはタバコ代と缶コーヒー ぐらいでした。食事はコーポでまさに食べさせてもらってたし、お酒も結果的には勝手に冷蔵庫から頂いていました。 ほんと「ヒモ」みたいな日々でした。しかしさすがに(このままじゃいかん)と思えるようになってきて 地元から身を隠して数ヶ月後、ようやく地元に帰って仕事を探すイバがいました。むろんバンド関係って事も あるのですが・・ライブの予定が入ってきましたので。なぜかバンド辞めたのに、ステージに立つイバ。

しかし、今振り返ってみると、ある意味この頃が一番優雅だったのかもしれない・・
BOOMの島唄が全国的に有名になった頃です。